家族と暮らす難しさ

結婚するってねー。
ほんと、大変なもんだなぁと。
いやもう、たいっっっへんだなって
思うわけでございます
(あっ 小池の百合ちゃんの語尾がうつっちゃったわ)

“家族で暮らす”
というのは、生まれてこの方、ずーっとやってきたこと。
私の場合、一人暮らしをしたのは結局、就職してからの4年だけだから
それ以外はずーっと家族との暮らし。
親にあれこれ叱られながら…
小さい頃はしつけとしての叱責も受け入れざるを得ないけど
思春期以降はのらりくらりかわし

だら~だらと暮らしてきたわけで
一人暮らしの部屋は
まぁいわゆる 汚部屋 にはなりませんでしたけども
最低限の洗濯と、掃除と、ぐらい
自炊なんかほとんどせず
外食か、何か買って帰るか

それから一旦実家に戻り、
しばらくして今の旦那と付き合い始めた。
一人暮らしの彼の部屋に時々通い、食事を作ったりちょっとお掃除したり、ってやってただけで、もう家事やってる気分になっちゃった私。

んで、結婚という運びに。

そんな、家事なんてやってそうで結局なんもやれてないじゃんって状態で
嫁いだとて、って話よ。

いきなり
二人分の家事を担うことになる
仕事は短時間のパートやったし
夫も多少家事してくれるし

にしても、毎日毎日ご飯を作るというのは…
あ、いや、朝食はトーストとあとちょっと
夫の昼食は職場の注文弁当
ですので実質、夕食ぐらいしか作ってないのですが

毎日作るってこんなに大変なことかと…
作業自体の手際の悪さはもちろん、
何よりメニューを考えるのがおっくうで…

それから子どもが生まれ、
離乳食なんちゅうもんが加わり
それもええかげんなもんやったけど

子どもには適当なもの食べさせられん…
なんて、いつもいつもそういうわけにいかんもんねぇ
結局インスタントに頼ったり

とりあえず腹が満たされたら、
まぁなんとかってかんじで

…って主婦の愚痴になっちゃったけど(笑)
ほんでさ、家族との暮らし。

結婚前までは、自堕落な生活だの身勝手な言動だのを家族に指摘されても、知らねーってな話だったわけです。

それが、結婚して新たな家族を作ったとき。
相手は相手で、個人の性格なり、これまでの家族との暮らしなり
その人なりの価値観を持って生きてきたわけで

そんな人と共同生活を送っていくということは
それなりの折衷案、すり合わせ、歩み寄りというのも必要になってくるわけです。

自分の言い分ばかり押しつけてもいけない。
多少、相手のことに目をつぶる場面も出てくる。

私なりにさ、欠点をカバーする努力もしてるし
相手の…うーんな所に譲歩もしてる気はするのよ。

私の一番の欠点は、
時間感覚の鈍さ
だと思う。
朝決まった時間に起きられない、
決まった集合時間に到着できない

学生時代はほとんど遅刻ぎりぎりか、数分遅刻
就職してからも遅刻で迷惑をかけたり
上司から指導を受けたり…
反省しても結局遅刻を繰り返していた。

結婚してからも、夫の起床時間に合わせて起きられない
朝食を準備できない
朝からイライラする夫
で、決まって言うのが
「もうさ、起きるのか起きないのか、はっきりしてくれん!?」
これね、“起きられない”とハッキリさせれば良いってことではない。
いつも、はっきり“起きられる”状態でいてくれよ、ってこと。
朝からイライラで始まる一日なんて誰でも嫌さね

正直なことを言えば
もう私は起きないものとして自分で朝食も用意して食べて準備して出掛けてほしい
起きれた日には朝食準備しますから
やけども

それを言っちゃおしまいやろな…

この、私の致命的な欠点
夫はどうにか直してほしいと思ってる

私自身も
この欠点を克服できたらどんなに良いだろうと
努力したり
やっぱりできなくてくじけたり
それこそ子どもの頃からウン十年と繰り返して
やっぱり克服できていない

これ、許してくださいって言うのは甘えだろうか

まぁ…甘えやろね…

じゃあ私が相手に譲歩してることは…?
いや、譲歩してもらえてない、
息苦しいって思っとるかもね

結局個々人の価値観だから

価値観が合うからと
結婚する
共に生きていく
と決めたはずやけど…ねぇ(笑)

今後も欠点を克服する努力は続けつつ
意固地にならず
柔軟に他人の意見も受け入れていく
しなやかさ みたいなものは
持ち続けていきたいなぁ

家族だもんねぇ

手紙の行方

以前にも書いた、私の母方の祖母の話。

いろいろあって現在、音信不通。

私自身は、ずっとおばあちゃん好きだったし
今の、子どもも生まれて家族みんな元気にしてるよ、ってことも伝えたくて
年賀状だけは一方的に送っている。
年賀状には、近況がわかるように
子どもたちの写真、家族全員の写真も入れてるし、子どもたちの年齢も書いてる。もちろん家族全員の名前、そして住所。

ただ、祖母の家は今まで私が知っている所には無い。

音信不通のきっかけとなるイザコザが起こったあと、祖母の家を訪ねたら
表札は全く別の名前に変わっていた。

もし引っ越していて、郵便局に転居届が出されていたら転居から一年は引っ越し先に転送してもらえる。
宛先不明なら戻ってくる。
そのまま、今までの知っている住所に年賀状を出した。
無事転送されたら、新住所から返事も届くかもしれないし。

一縷の望みをかけて投函したけど

返事は来なかった。

でも、宛先不明で戻っても来なかった。

ということは、祖母の元に年賀状は届いたということかな。

翌年。
また、年賀状を出した。
今までの住所。
転居届は一年がリミットだから、
そのままなら戻ってくるはず。

でも、戻ってこなかった。
もちろん返事もなかった。

…今、新しく住んでいる人が個人的に祖母に届けてくれているのか?
でも、住所は合っているとは言え、表札の名前が違うのに郵便屋さんはそのまま届けてくれるものなのか?

とにかく“宛先不明”ではないようなので、
その次の年も年賀状を出した。

年賀状に印刷されたコメントの他に
手書きのコメントを一文添えて、子どもの成長とか近況を知らせていたけど。

だんだん、それも伝わっているのかわからないし
とは言え年賀状を出さなくなるのは悲しいし
コメントは添えず出すようになった
なんとなく

2020年正月の分も
戻ってこなかったし返事はなかった。

さて、この年賀状は一体どこに行ってるんだろう
誰が読んでるんだろう

もしや
祖母の家の今の住人が
毎年見てたりして

楽しみにしてくれてたら
それはそれで嬉しいけど

また来たよ…
って思われてたらちょっと悲しいよなぁ
ていうかご迷惑お掛けしてます、やけど

2021年の年賀状
届くかなぁ

マーマレードと死生感と

そうだ、マーマレードジャムを作ろう

ってな気分になった。
おつとめの甘夏4個パックを買って、
さてこれをどうしようかと…

いちごジャムも
りんごジャムも
キウイジャムも作ったことあるし
なんとかなるやろと思ったら

まーまー大変やないか
まーまれーどだけに

はぁ

皮が大変なんだなありゃ。
外皮を刻む、水にさらす、ゆでこぼす…
薄皮を手でむく…

スキマ時間でちょこちょこ進めてたとはいえ、
丸一日かかりましたわ。

さて、どんな味になったかなー。
明日の朝が楽しみ。

* * *

「あのさー、おかーさん、◯◯(娘)がさー、おとなになるまで、けっこんするまで、しなんとってほしい~」
と、会話中唐突にぶちこんでくる娘(5歳)。
それも一回だけじゃない。
忘れた頃にまた、その変化球は投げ込まれる。

コロナ禍。
五歳なりに感じることもあるんだろうかね。

死なんで死なんでって言われると、ほんとに死んでしまいそうでちょっと怖いけど(笑)
ま、人間誰しも、いつか死ぬからさ…。

「大丈夫よ、◯◯(娘)を残して死んだりしないよ」
なーんてことは、言えずにいるわたし。
嘘でもそう言った方がいい?
でもさ、実際そうじゃん。
おそらく、娘を残して死んでいくことになる。
いずれね。

「おかーさんもさ、ばぁばがしんだらかなしいやろ?」

ぎくっ。
そうきましたか。

「そうだねー、さみしいかなー」
と一応返しておきましたが…
いやもちろん、かなしいと思う。
いざそうなったら。
今はもやもや、あれこれ思案事項が多いもんでね…

こういうご時世なんで、
連絡だけはちょっと密に…ということで
父とは数回ビデオ通話もして孫の顔も見せてるけど
母とはなんだかタイミングが合わずLINEでのやり取りぐらいしかできていない。
しかも、送信内容は母自身の仕事がどうとかって内容がほとんど。
どうも、我が我がって感じが隠せない内容ばかりなんで私はイラっとしちゃうんやけど。

父は、孫と話せて嬉しそうだった。
私はともかく…孫と話したくないんだろうか?母は。

そういえば、下の子を出産した直後
母には、はるばるウチまで来てもらって、おさんどんのためひと月ほど滞在してもらってた事があった。
うまくやれるか心配だったけど、
その時はそれなりに仲良く過ごした。

…あれ?

大人になってからでもうまく過ごせてる…

でも。
これは大丈夫かな、と思った矢先、
思いもよらない行動で
裏切られる

ほんとに、母がわからないなぁ
と、今改めてここに書き出して感じる。

娘には言わなかったけど。
今、おかーさんは、ばぁばよりあなたたち、
我が子の方が大事。おらんようになってほしくないって思うよ。

成長して
大人になって
結婚して
母になって
大事なもの、守りたいものは変わっていく。

娘もきっとそうだろう。

私も長生きできたらなー
娘がどう成長していくのか
どう生きていくのか
いつまでも見守っていたいけど

いつかは先立つ日が来る

さて、私はどう生きていくのか
どう生きる姿を娘に見せていくのか

コロナ禍で
時間が止まっていたようなかんじもするけど
緊急事態宣言も解除されたことだし
社会の歯車はまたゆっくりと回り始める
私も少しずつ
油差し直して
動き始めなきゃ

日々を生きていくなかで
答えが見つかるような気もするし
ここでもやもや悩んでもいられないのかな

明日、マーマレード食べてから
考えよう。

コロナ禍

いやはや。

すっかりコロナ禍です。
三月初めから、子どもの幼稚園も休園になり
子どもたちとずーーーーーっと一緒。
ちなみに旦那はいつも通りお仕事。

いつもなら、
どっかしら児童館なり…
なんかイベントなり…
遊具充実のちょっと遠方の公園なり…
ネットで調べた美味しそうな食べ物屋さんなり…

子どもたちと三人で

※旦那抜き、というのが大変な面もあるが好き勝手行動できると言う意味では楽(笑)

いろんな所に出掛けてたのになぁ

それが一切出来ない

いや、そもそも私自身は、家にこもってやりたいこと、沢山あるんやけど
ちくちく裁縫とか
服のリメイクとか
子どもの入園グッズ作りとか
溜まった録画の整理とかDVDにうつすとか
子どもの幼稚園関連の書類整理とか
スマホのデータ整理とか

ひとつひとつは些細なんですが
なんせ子どもがいると…
家の中でわーきゃー
おかーさんこれ見てあれして
そうかと思えば外に出たいとわーきゃー
外にでるなら私も見とかないかんやないかと
そんなこんなと
日々の家事で一日あっという間に終わる

時間の使い方が上手な人は
そういう日常の隙間を見つけて
ちょっとずつやりたいことも消化していくんやろうけど
私の場合
すぐぼーーーっとする( ゜o゜)
次のアクションを起こす気力がないのでとりあえずスマホ
で、コロナ関連の記事ばかりどんどん読み進め…
不安だけを増長させて終わり
っていうなんとも悪循環なことをしてしまってます…。

そんななかでも、おうちだから出来ること
私なりにやってるのだっ
SNSで皆こぞって挙げてて
なんかそんなん嫌だなーとか思って
自分はやんないけど…

とりあえず、以下に挙げておきたい(笑)

・たけのこを生からゆでる→たけのこ料理(吸い物、タケノコご飯、中華炒め、煮物)
・ピザを生地から作る(ちょっとしたミスで中力粉を初購入してしまった)→イースト菌ちゃんたちを熱湯で死なせてしまったらしく全く機能せず
一度は成功、もう一度は上記の問題で失敗…したものの食べられないことはなかった
・中力粉シリーズ:ドーナツ(子どもたちとこねこね)
ホットケーキミックスでクレープ生地を作る→缶詰フルーツその他でクレープパーティー
・ふるっふるのコーヒーゼリー(ゼラチン入れて混ぜただけやないか)→ゼラチンとかんてんクックは全く別物なんだと言うことを勉強する
・息子の誕生日→スポンジケーキ買ってきて生クリームと缶詰フルーツでトッピング、パイ包みスープ(缶詰スープと冷凍パイでほとんど既製品やないか)
バスク風チーズケーキ(レンジとオーブンで簡単調理、なやつ…ですけど何か)
・どうしてもマックに行きたいという子どもたちのために、冷凍チキンナゲットと冷凍ハッシュドポテトをグリルで焼いて、IKEAのカラフル皿に盛り付け、コップにストロー挿してジュースを出したらそれだけで雰囲気出たらしく『マクドやー♪』(うーむやはりマクドなのか…私はマックと言い続けてるのに)と喜ぶ←単純なやつらだぜ
・帰ってきたドーナツ:薄力粉+白玉粉でモチモチになるらしいとのことだったがコネ不足…?モチモチ…ではなかったけど、まぁ揚げたては美味しいよね

・庭にミニにんじんの種をまいた(一部、芽が出てきた!)

おぉ…!
なかなかがんばったやないか!
…って誰も言ってくれないから自分で自分を誉めたいです。

あとは、
メルカリにもはまりまして。
出品作業やら、売るための研究とか(笑)
売れそうなものを探し出す
写メ撮る、
出品ページ作る、
ウワサニハキイテタケド、ナカナカタイヘンネー
わりと時間費やしてるかも。

んー、私なりに
おこもり生活、エンジョイしてるではないか。

子どもたちにイライラばっかり、
こんなに怒ってばっかりじゃいかん、とか罪悪感あったり
いつ終息するのか、霧の中のコロナちゃんに漠然とした不安を抱えてたり

なんやかんや心が不安定なので、
スッキリせんけど

うんうん、それなりに生きとる。
日々の家事も、まぁまぁ消化しとる。

人間がおろおろしてる間にも
季節は巡って
もう梅も咲いたし
桜も咲いたし
ツツジも咲いたし
百合もぐんぐん育ってる

とにかく日々淡々と
でも
生きてくしかないなぁ

自己肯定感

『自己肯定感』

自己を肯定する感覚。
自分はこれでいいんだ、
♪ありの~ままの~♪
で良いのよ、私!
少しも寒くないわっ!

みたいな感覚を大切にしましょうね、
って話らしいですよ。今は。

日本人は“謙遜”を美徳とするところがあるけど、
そうやって自分を卑下して
自分自身を大切に出来ないと
人生楽しくないし。
他人のことも大事にできない、と。

なるほどなぁ。
子育てする上で、大事だなと。
でもどうやって自己肯定感を育てる…?
とあれこれ調べたり、試行錯誤していたら。

一方その頃
旦那も…
会社で研修を受けてきたらしい。
『営業マンには自己肯定感が重要!』
なんとっ!
イムリー過ぎる…
子育てにも仕事にも、何にでも自己肯定感って大事なんだ。

そうやって自己肯定感を学んだ旦那から、思わぬ一言が。
「お義母さんは、自己肯定感が低いんじゃない?」

ほぉぉ…
以前からブログにも登場しております、問題アリアリの私の実母。
すとん、と腑に落ちた。
あんな行動もこんな言動も、自己肯定感が低いからと推測すれば全て合点が行く。

多感な思春期から、嫁いで家を出るまで
自分の人生の節目節目を、自分で選択してこなかった母。
良かれと思って、母親(私の祖母)が“導いた”わけだけども、それはイコール「あなた自身が選択して進めば踏み外すわよ」と言われているようなもので。

母の発言はいつも、誰かに責任転嫁しているふしがあって
私は苛ついていた。
それこそ私のせいみたいに言われたことも少なくなかったし

おそらく、母は自分に自信がないのよなぁ。
自分が間違うのを、極端に恐れていたのかなぁ。

「恥はかき捨て」
だと学生時代に聴いて、やたらと耳に残っていたのだけど。
間違ってもいい、
でもそれを素直に認めて、どう立て直すか、改めて学べるか。そっちの方が大事。
ってちゃんと認識出来たのは、随分後のことだった。プライドばっかり高くて意固地だった私。
…ま、今も完全に克服できてるわけではないけど…

でも母はそんな私以上に
ガッチガチに硬いプライドの壁で自分を覆い尽くしてる。
入る余地なし。

さて。
入る余地なしの人と、どう付き合ってくかって話ですよね…
他人はどうこうできませんから。
いくら身内といえどね…しかも親子ですけどね…

自己肯定感、大事だな…
我が子にはきちんと育んでやりたいわ…

まだまだ解決法は見つかりそうにありません。

子どもの頃の思い出

自分が今子育てをしていて、
じゃあ自分はどう育ててもらってきたかなーって思い返すとき

ネガティブな出来事しか思い出せない自分…

いや、楽しい思い出だって沢山あるやろうし
ポジティブな出来事の積み重ねで
それなりに健全な今の私(ですよね?だと信じたい)が形成されてきたんだろうし。

でも

小三のクリスマス、人生初のインフルエンザにかかったあげく、母に「サンタクロースなんておるわけなかやろ、あんた三年生にもなってそがんこと信じとったとね」と無惨にも夢を打ち砕かれたこととか

小二のとき、おつかいに出掛けて、一応多めにと渡されたお金のお釣りで勝手に可愛いマグネットを買いまくって母に激怒されたこととか
(↑この出来事は後に私を“モッタイナイ体質”へと導くことになるのでまぁ悪くはなかったか…)

小六の大みそか、いつまでもリビングにランドセルを放置していた(よう考えたら冬休み入ってるのにまだ放置してたとかよっぽどだな)ので、父に二階のベランダから暗い夜道にランドセルを投げ捨てられ、それを拾いに出たらタイミング悪くお向かいのお喋りおばちゃんに遭遇して「あら、こんな時間に帰って来たと?どうしたと?」と追及されしどろもどろになったこととか

ま、こうして書き出してみるとしょーもない出来事ばっかりだな(笑)

でもさ、こんなかんじでネガティブな出来事なら、すらすら思い浮かぶよねー。

楽しかった思い出…
ん~
すぐには思いつかん


まだまだ今の我が子たちには“記憶”としては残ってないだろうからな
でもいずれ大きくなったら
親との楽しい思い出、沢山残していってほしいなぁ…

ひらがなが書けるようになってきてる娘が

『 おかあさん だいすき 』

と書いてくれてる、その気持ち
いつまで持ち続けてくれるかなぁ
なんて

一年前の日記では
悪魔の三歳児だった娘も
世に言う
天使の四歳児にほんとになりました
いやー良かったよかった

それと入れ替わりで
魔の二歳児が出てきましたから
相変わらず大変やけど(笑)
もうこれは耐えるしかないよなぁ
がんばろ。

ハケンの女~ピッキング~

ピッキングて。
犯罪じゃございません。

洋服を出荷するため、全国各地のお店からの注文に従って、決まった数を洋服をピックアップしていく作業。

めっーちゃ広いスペースに、
膨大な種類・量の婦人服…
ここは主に、若い女の子向けのみたいやね。

エリア、列、棚…
細かく番号が振り分けてあって、
それを頼りに服を集める。

とにかく膨大なので、
探し出すのも一苦労…
工場の中をうろうろウロウロ歩き回る。
番号を探すの、地味に頭も使う。
お昼前になると、お腹がグーグー鳴りまくる。

女子の服。
こんなんもあるのね…
おっかわいいなーと思うものや、
平成バブリーな配色のも。金ボタン付いてたり。
でも若者の服は、アクリルやポリエステルのが多いから
すぐ毛玉付いたり
静電気バチバチしたり
のわりに言うほどお手軽な値段、というわけでもないし
もうおばちゃんにはちょっと…

なーんて妄想しつつも
手は動かしてましたよ。

お昼休憩。

午後の作業再開。
…したら。まさかの。
1時間経過したとこで
「今日もう上がってもらっていいですか」
と、責任者的な若いお兄ちゃんから一言。
すげーあっさり終わるじゃん…
今日は割りと出荷量少なめだったみたいです。

むむ…
ま、お疲れさまでした。