誉めてくれた

母が誉めてくれた

あの、お母さんにですよ
ここのブログではたびたび登場するあのお母さんに

この春、上の子が小学校入学を迎えて
下の子も幼稚園の年少さんに
下の子は昨年秋から園の満3歳児クラスに通ってたから新しい環境、ってほどでもないけど、一応制度的に?新入園ということで。
子どもたち、一気に新生活スタート。

そんなわけで私の両親からも入園入学祝いを頂いて。

お礼を伝える為にテレビ電話。
子どもたちはこのコロナ禍でずっとじいじばあばに会えてないから、
「おいわいありがと〜!」
「ころながおわったらあそびにいくからね〜」
「はやくじいじとばあばにあいたいな〜」
なんて無邪気に話し掛けていて。

電話を切った後、
母からLINEで
『ふたりともおりこうさんに育ってますね、よくがんばったね』
的な言葉が送られてきた。

…的な?

スマホを機種変更するときにミスって、
タイムライン全部消えたんすよねー(涙)

大事なことばがうろ覚えやし、
新生活スタートのゴタゴタのなかでそれに対して返信しとらんし。

なんともアレなんですが…

子どもたちのあの会話から
何をどうくみ取って
おりこうさん
に繋がったかはちょっと不明やけども

子育てを
がんばったね
と誉めるのは誰でもできるわけじゃないと思う。
言うたら上から目線やしね、
他人からそんなん言われても
「は?あんたに何がわかんの!?」
ってなりかねないと思うのですが。

毎回色んな発言で
私をイラつかせることで有名な(笑)
母から
誉められて
嬉しくて涙が出そうになるのを堪えることになるとは

子育て、頑張ってんのよ
一応ね

しかもこの新生活スタートにあたって
準備するものたくさん
書類たくさん
諸々のルールの理解せないかん
イレギュラーに対応せないかん
子どもたちのこと
仕事のこと
自治会の役員のこと
家のこと

もーーーーー
あれやこれやでいっぱいいっぱいで
まじしんどくて

そんななかで誉めてもらえた

子育て
という
子どもが産まれてから
いや、妊娠してから?
今日までの積み重ね
まだまだ先も長いけどね

でもそういうこれまでの“蓄積”を
はっきりと言葉にして認めてもらえることなんてそうそうない
↑みたいなこともあるし
誰しも掛けてくれない、てか掛けられない

だいぶ不満ばっかり募って
素っ気ない対応ばっかりしてる娘に
母親はどう感じてるんだろ
いやでも知らんわ
とか思ってたけど

一応認めてくれてるのかなぁ
と感じて
どこかで安心してる自分

私ももう一歩
進まねばならないな
と感じた出来事でした。

認知症ケアをしてたら私がケアされたよねって話

ざっくり言うとこの療養型病院で、パートを始めた。
リハビリのお仕事なんですが。
約5年ぶり…
鈍って鈍って仕方ねぇ。

90代のマダム。
なかなか離床してくれず、リハにも拒否的。
『私は寝るのが好きやねん』
と目も開けず言う。

でしょうね…。
いやもう、ここまで長生きされてきて、もういいっすよ寝てて、って言いたいとこだけど
それじゃ入院目的がね。

認知症もおありで。
認知症の方に、何かを無理強いして上手くいった試しなぞ一度たりともない。
一応積んできた経験のなかで、そう学んできてたので。
今回もじわじわ攻めてみることにする。

寝衣や布団が乱れてたので、
「これじゃ寒いでしょう~ちょっと直しますわ~」
みたいなとこから。
『そうか~ありがとうな~助かるわ~』
めちゃくちゃ感謝してくれるマダム。
直しながら、世間話。
「いや~もうこの頃寒いですよねぇ~もう私も布団から出なくていいなら出たくないですわ~
でも私も一応主婦やから、それにこの仕事もあるしね、そういうわけにいかんのですわ~」
『あら、そうなん。それは忙しいねぇ』
「うんでもね~こうやって○○さん(マダム)がありがとうって言ってくださるから、やりがいありますよ~」
『そう?いやほんまありがたいわ~もう神さまやわ~』
“マジ神”とか連発する若者並みに
あんた神さまやわ~って繰り返し私に言ってくれるマダム。
「もう~そんな言ってくださってありがたいわ~ほんとに、感謝の言葉を素直に伝えるって、大事なことですよねぇ~もうウチの旦那なんて、ありがとうどころか家に帰ってくるなりブスーっとしてるんですよ~ほんまにもう~」
『あ~それは旦那さん、あなたに甘えてるんやわ』
「そうなんですか?」
『そうやわ~外で気ぃ張ってな、大変やから家に帰ってきたら、奥さんに甘えてしまうんやわ』
「あ~そういうことなんですかねぇ~主人(←夫の呼び方を迷走している)は営業の仕事してるんですよ」
『あ~それは大変やわ、いろんなお客さんおるしな~それは大変やで~それで帰ってきたら、やっぱり奥さんに甘えてしまうんやな~』
「そうなんですねぇ~」

とかなんとか話してるうちに、かすかに目は開いていた。

何ターンかのやり取りを経て、とりあえずこの日は退散することにした。
離床は図れていない。
でも、私なりの狙いは成功。
第一段階として、信頼関係を築くこと。
会話のやり取りを通して、多少なりと認知機能の活性化。
あえて私のパーソナルな部分をさらして、マダムの“マダムたる部分”をくすぐる。

思いのほか、ズバッと返球が来て驚いた。
あ、そうか、夫は甘えているのか…

実はここ数日、ほんとに夫の態度にはイライラしていた。
疲れて帰って来ると、決まってこちらの出来てないとこ、足りてないとこをわざわざ指摘してプリプリしてる。
疲れてる→イライラしてる→言葉のチョイスにもトゲがある。
いやもう、疲れてるんやったら飯だけ食って早う寝ろ。
要らんこと言うな。

でも。
仕事で抱え込んだストレスを、家に帰ってからでないと発散出来ないのだとしたら…
まぁ、そうなるのも仕方ないか…

って思えるかっ

まだ私はそこまで寛大じゃない

でも、マダムの言葉でちょっとそんなとこに気付けた気がして、
まぁそれなら、あの夫の“妻”として存在する価値はあるのかな、とは思えたりもした。

認知症はあって、活動意欲も減退してるけど
人を励ます言葉がすーっと出てくる
マダム、さすがです…
ダテに90年生きてきたわけじゃないんすね…

そんなわけで
私は認知症のケアをしに伺ったけども、
私自身マダムにケアしてもらっちゃったなと思ったのでした。

ちゃんちゃん。

夢をみた

母が死ぬ夢を見た。

私はまだ独身で、両親と弟と暮らしていた。
母が死にゆく姿は直接見てないけど、
父が、母が死んだのだと教えてくれた。
コロナで面会はできないので、
(コロナにかかって死んだわけではなかった)
そのまま会えずに火葬されるのだと。
なので死んでる姿も、生きている母も夢には登場していない。

そう言えば、ここ最近母は足を引きずるようにしてしんどそうに歩いてたな、とか
なんとか記憶を辿って
どうして死んだのか
そこと繋げようとしていた。

母は死んだけど、なるべく冷静にいようとしていた。

でも、なぜだかふとタンスを開けたら、
引き出しの中には
当たり前に生活していたはずの母の衣類がずらっと並んでいて
それを見たら急に母の姿が浮かんで、
あぁ、母はもういなくなったんだと
急に寂しくなって、悲しくなって
堰を切ったように大声で泣き喚いた。
父は困ってそばにいた。

実際の実家とは全く違う
夢の世界の私の部屋は
良いかんじの木造で
良いかんじの暖色系のライティングで
落ち着いた感じ

窓に向いた作り付けの机と椅子(掘りごたつ的な)に座って
大学ノートに付けていた日記に
母が死んだことを書こうとノートを開いたら
どこも書きかけで
結局1ページ分しか残っていなくて

じゃあそこに書き始めようと思っても
全然気持ちが整理できなくて
筆が進まなくて

そんな姿を見て
今の知り合い(独身時代にはまだ知らなかった人)である年上の女性(すごく社交的で明るい人)が突然登場して私を慰めてくれた。


・・・


ってとこで目が覚めた。

途中から、これ夢だよなってわかるパターンもあるけど、
今回は最後まで完全にその世界だった。
目が覚めて、寝室の天井をぼんやり眺めて
あぁここが私の家で
私は独身じゃなくて子どももいるじゃん
お母さんも死んでない

ってゆっくり噛み締めながら
ぼろぼろ涙がこぼれてきた。

夢占い的に
親が亡くなる夢は吉夢らしいんだけど

そんなこと以上に…
今のこの母との関係性で…
いざというときが来たときに
悲しめるのかな、私は
と思うわけで。

問題を先延ばしにしながら
一方でずっと気掛かりで

どげんかせんといかんとやろけどね…


にしても、久々にあんなどっぷりと夢みたわ…。

きのう何食べた?

今ごろですが、

テレ東のドラマ「きのう何食べた?

にはまっております。
テレ東系列の放送は、流れるはずの地域なんだけど。
なぜかウチの近隣は、山に囲まれてるためか電波が届かない。
そのため、ここいらは何らかのケーブルテレビ等に加入している世帯がほとんどで。
いや、普通無料で観れる民放に対して、なんでウチが金払わなあかんのよ!
っていうケチケチ夫婦なもんで…
我が家ではテレ東の数々の良作に触れられずにいたのですが。
なぜかAmazonプライムには加入しています(笑)
正確には、ガス電気自由化に伴うセットプランの恩恵なのだけど。どこまでもケチ世帯…。

とまぁ、そんなわけで我が家でも観れたの
(前置き長っ)

きのう何食べた?

シロさんが料理する様子がとても良い。
淡々と、でもちょっと楽しそうで。
嫌なことあって帰ってきても、料理の作業で癒されて少しずつ穏やかになってきたり。

レシピ、真似したくなるよね~
早速、
ナポリタン と
鮭と卵ときゅうりの混ぜ寿司
作っちゃったわ。
またネット検索して色々作りたい…

男の人の料理って、やたらこだわって
(いや、男の人に限らんか…女の人でも然り)
時間かけたり
手間むちゃくちゃかかったり
材料凝ってたり
オイルをやたら高い所からかけたり
する人もいたりするけど

これは
めんつゆ
とか利用しちゃう親近感。
スーパーで安売りしてたものとか、
冷凍してた何かとか。
ズバズバツボる。

そんで、ケンジが美味しそうに食べてくれることも含めて…良い…

ストーリーも面白いしねぇ。
少数派の人々が生活していく難しさを
さらりと折り込みつつも、重くならず
最後にはほんわか。

そんでさ、気づいたのは
私ね、今までも「きょうの料理」とか観るの好きだったの。
料理苦手なのに。
てか、めんどくさいんすよ…

でも観るのは大好き。
だから料理の知識だけはやたらある。
つまり、料理していくひとつひとつの作業工程を眺めるのが好きなんだな、私は。


自分の結婚式のとき、
司会者さんに提出するプロフィールの趣味の欄に
“料理番組を観ること(あくまでも観るだけでやるわけではありません)”
と書いたのだけど。
それを司会者さんが良いように解釈して、
当日のプロフィール紹介でおもいっきり
『新婦のご趣味は、料理…』
と紹介され
(もちろん内容の事前確認はあって、まぁ別にそれでもいっかと訂正しなかった)
(おそらく、いちテレビ番組を観るだけが趣味になるかい、という司会者さんの忖度だったのだろう)

いや、料理出来んくせに見栄張っとるやん…みたいな自己嫌悪に包まれた花嫁がそこにいたのですけど。

その後の知人の余興DVDの中で
サプライズで私の父にインタビューしており、
『娘の料理は味が薄い』
と暴露され

いや料理得意じゃないんかーい!
っていう、
披露宴冒頭の娘の見栄張りに
後半の余興で父がオチを付けるという
壮大な結婚式コントにしてくれてお父さんありがとう、って思った花嫁でした。

っての思い出したわ…。


そんなこんなで
観てただけで苦手な料理
作業はどうにかなってもさ、
何が苦手ってやっぱり
バリエーション
なんですよ。

ドラマのシロさんみたいに
「よし、今日はこれとこれがあるからあれ作るか」
みたいに、スッと思いつかないわけよ。

シロさんみたいに
“やっぱ料理って良いよな”
ってスタンスでやっていきたいのよ。ほんとは。
だって毎日のことやしねぇ。

最近は
おこもり期間もあったことだし
これまで色々観てきて
やりたいなー
作りたいなー
とぼんやり夢見ていたことを少しずつ実践中。
とは言え、手際も悪いしまだまだめんどくさく…
丁寧にやってない分出来上がりが雑だったりもするけども。

いずれ
時間ができたら

なんて考えてても
そんな日はきっと来ない(笑)
その時その時のタスクに追われてるだろうから、
今からでもやらなきゃ、
あ、いややりたいな、と思う次第です。

やっぱ、料理って良いよねって思えるようになりたひ。

家族と暮らす難しさ

結婚するってねー。
ほんと、大変なもんだなぁと。
いやもう、たいっっっへんだなって
思うわけでございます
(あっ 小池の百合ちゃんの語尾がうつっちゃったわ)

“家族で暮らす”
というのは、生まれてこの方、ずーっとやってきたこと。
私の場合、一人暮らしをしたのは結局、就職してからの4年だけだから
それ以外はずーっと家族との暮らし。
親にあれこれ叱られながら…
小さい頃はしつけとしての叱責も受け入れざるを得ないけど
思春期以降はのらりくらりかわし

だら~だらと暮らしてきたわけで
一人暮らしの部屋は
まぁいわゆる 汚部屋 にはなりませんでしたけども
最低限の洗濯と、掃除と、ぐらい
自炊なんかほとんどせず
外食か、何か買って帰るか

それから一旦実家に戻り、
しばらくして今の旦那と付き合い始めた。
一人暮らしの彼の部屋に時々通い、食事を作ったりちょっとお掃除したり、ってやってただけで、もう家事やってる気分になっちゃった私。

んで、結婚という運びに。

そんな、家事なんてやってそうで結局なんもやれてないじゃんって状態で
嫁いだとて、って話よ。

いきなり
二人分の家事を担うことになる
仕事は短時間のパートやったし
夫も多少家事してくれるし

にしても、毎日毎日ご飯を作るというのは…
あ、いや、朝食はトーストとあとちょっと
夫の昼食は職場の注文弁当
ですので実質、夕食ぐらいしか作ってないのですが

毎日作るってこんなに大変なことかと…
作業自体の手際の悪さはもちろん、
何よりメニューを考えるのがおっくうで…

それから子どもが生まれ、
離乳食なんちゅうもんが加わり
それもええかげんなもんやったけど

子どもには適当なもの食べさせられん…
なんて、いつもいつもそういうわけにいかんもんねぇ
結局インスタントに頼ったり

とりあえず腹が満たされたら、
まぁなんとかってかんじで

…って主婦の愚痴になっちゃったけど(笑)
ほんでさ、家族との暮らし。

結婚前までは、自堕落な生活だの身勝手な言動だのを家族に指摘されても、知らねーってな話だったわけです。

それが、結婚して新たな家族を作ったとき。
相手は相手で、個人の性格なり、これまでの家族との暮らしなり
その人なりの価値観を持って生きてきたわけで

そんな人と共同生活を送っていくということは
それなりの折衷案、すり合わせ、歩み寄りというのも必要になってくるわけです。

自分の言い分ばかり押しつけてもいけない。
多少、相手のことに目をつぶる場面も出てくる。

私なりにさ、欠点をカバーする努力もしてるし
相手の…うーんな所に譲歩もしてる気はするのよ。

私の一番の欠点は、
時間感覚の鈍さ
だと思う。
朝決まった時間に起きられない、
決まった集合時間に到着できない

学生時代はほとんど遅刻ぎりぎりか、数分遅刻
就職してからも遅刻で迷惑をかけたり
上司から指導を受けたり…
反省しても結局遅刻を繰り返していた。

結婚してからも、夫の起床時間に合わせて起きられない
朝食を準備できない
朝からイライラする夫
で、決まって言うのが
「もうさ、起きるのか起きないのか、はっきりしてくれん!?」
これね、“起きられない”とハッキリさせれば良いってことではない。
いつも、はっきり“起きられる”状態でいてくれよ、ってこと。
朝からイライラで始まる一日なんて誰でも嫌さね

正直なことを言えば
もう私は起きないものとして自分で朝食も用意して食べて準備して出掛けてほしい
起きれた日には朝食準備しますから
やけども

それを言っちゃおしまいやろな…

この、私の致命的な欠点
夫はどうにか直してほしいと思ってる

私自身も
この欠点を克服できたらどんなに良いだろうと
努力したり
やっぱりできなくてくじけたり
それこそ子どもの頃からウン十年と繰り返して
やっぱり克服できていない

これ、許してくださいって言うのは甘えだろうか

まぁ…甘えやろね…

じゃあ私が相手に譲歩してることは…?
いや、譲歩してもらえてない、
息苦しいって思っとるかもね

結局個々人の価値観だから

価値観が合うからと
結婚する
共に生きていく
と決めたはずやけど…ねぇ(笑)

今後も欠点を克服する努力は続けつつ
意固地にならず
柔軟に他人の意見も受け入れていく
しなやかさ みたいなものは
持ち続けていきたいなぁ

家族だもんねぇ

手紙の行方

以前にも書いた、私の母方の祖母の話。

いろいろあって現在、音信不通。

私自身は、ずっとおばあちゃん好きだったし
今の、子どもも生まれて家族みんな元気にしてるよ、ってことも伝えたくて
年賀状だけは一方的に送っている。
年賀状には、近況がわかるように
子どもたちの写真、家族全員の写真も入れてるし、子どもたちの年齢も書いてる。もちろん家族全員の名前、そして住所。

ただ、祖母の家は今まで私が知っている所には無い。

音信不通のきっかけとなるイザコザが起こったあと、祖母の家を訪ねたら
表札は全く別の名前に変わっていた。

もし引っ越していて、郵便局に転居届が出されていたら転居から一年は引っ越し先に転送してもらえる。
宛先不明なら戻ってくる。
そのまま、今までの知っている住所に年賀状を出した。
無事転送されたら、新住所から返事も届くかもしれないし。

一縷の望みをかけて投函したけど

返事は来なかった。

でも、宛先不明で戻っても来なかった。

ということは、祖母の元に年賀状は届いたということかな。

翌年。
また、年賀状を出した。
今までの住所。
転居届は一年がリミットだから、
そのままなら戻ってくるはず。

でも、戻ってこなかった。
もちろん返事もなかった。

…今、新しく住んでいる人が個人的に祖母に届けてくれているのか?
でも、住所は合っているとは言え、表札の名前が違うのに郵便屋さんはそのまま届けてくれるものなのか?

とにかく“宛先不明”ではないようなので、
その次の年も年賀状を出した。

年賀状に印刷されたコメントの他に
手書きのコメントを一文添えて、子どもの成長とか近況を知らせていたけど。

だんだん、それも伝わっているのかわからないし
とは言え年賀状を出さなくなるのは悲しいし
コメントは添えず出すようになった
なんとなく

2020年正月の分も
戻ってこなかったし返事はなかった。

さて、この年賀状は一体どこに行ってるんだろう
誰が読んでるんだろう

もしや
祖母の家の今の住人が
毎年見てたりして

楽しみにしてくれてたら
それはそれで嬉しいけど

また来たよ…
って思われてたらちょっと悲しいよなぁ
ていうかご迷惑お掛けしてます、やけど

2021年の年賀状
届くかなぁ

マーマレードと死生感と

そうだ、マーマレードジャムを作ろう

ってな気分になった。
おつとめの甘夏4個パックを買って、
さてこれをどうしようかと…

いちごジャムも
りんごジャムも
キウイジャムも作ったことあるし
なんとかなるやろと思ったら

まーまー大変やないか
まーまれーどだけに

はぁ

皮が大変なんだなありゃ。
外皮を刻む、水にさらす、ゆでこぼす…
薄皮を手でむく…

スキマ時間でちょこちょこ進めてたとはいえ、
丸一日かかりましたわ。

さて、どんな味になったかなー。
明日の朝が楽しみ。

* * *

「あのさー、おかーさん、◯◯(娘)がさー、おとなになるまで、けっこんするまで、しなんとってほしい~」
と、会話中唐突にぶちこんでくる娘(5歳)。
それも一回だけじゃない。
忘れた頃にまた、その変化球は投げ込まれる。

コロナ禍。
五歳なりに感じることもあるんだろうかね。

死なんで死なんでって言われると、ほんとに死んでしまいそうでちょっと怖いけど(笑)
ま、人間誰しも、いつか死ぬからさ…。

「大丈夫よ、◯◯(娘)を残して死んだりしないよ」
なーんてことは、言えずにいるわたし。
嘘でもそう言った方がいい?
でもさ、実際そうじゃん。
おそらく、娘を残して死んでいくことになる。
いずれね。

「おかーさんもさ、ばぁばがしんだらかなしいやろ?」

ぎくっ。
そうきましたか。

「そうだねー、さみしいかなー」
と一応返しておきましたが…
いやもちろん、かなしいと思う。
いざそうなったら。
今はもやもや、あれこれ思案事項が多いもんでね…

こういうご時世なんで、
連絡だけはちょっと密に…ということで
父とは数回ビデオ通話もして孫の顔も見せてるけど
母とはなんだかタイミングが合わずLINEでのやり取りぐらいしかできていない。
しかも、送信内容は母自身の仕事がどうとかって内容がほとんど。
どうも、我が我がって感じが隠せない内容ばかりなんで私はイラっとしちゃうんやけど。

父は、孫と話せて嬉しそうだった。
私はともかく…孫と話したくないんだろうか?母は。

そういえば、下の子を出産した直後
母には、はるばるウチまで来てもらって、おさんどんのためひと月ほど滞在してもらってた事があった。
うまくやれるか心配だったけど、
その時はそれなりに仲良く過ごした。

…あれ?

大人になってからでもうまく過ごせてる…

でも。
これは大丈夫かな、と思った矢先、
思いもよらない行動で
裏切られる

ほんとに、母がわからないなぁ
と、今改めてここに書き出して感じる。

娘には言わなかったけど。
今、おかーさんは、ばぁばよりあなたたち、
我が子の方が大事。おらんようになってほしくないって思うよ。

成長して
大人になって
結婚して
母になって
大事なもの、守りたいものは変わっていく。

娘もきっとそうだろう。

私も長生きできたらなー
娘がどう成長していくのか
どう生きていくのか
いつまでも見守っていたいけど

いつかは先立つ日が来る

さて、私はどう生きていくのか
どう生きる姿を娘に見せていくのか

コロナ禍で
時間が止まっていたようなかんじもするけど
緊急事態宣言も解除されたことだし
社会の歯車はまたゆっくりと回り始める
私も少しずつ
油差し直して
動き始めなきゃ

日々を生きていくなかで
答えが見つかるような気もするし
ここでもやもや悩んでもいられないのかな

明日、マーマレード食べてから
考えよう。